リモート生活に突入した私の生活変化も重なり、ハーにゃんの病状は雲行きが一層、怪しくなってきていました。
ストレスに弱くて、デリケートな猫—————
特にハーにゃんは大人しくていい子だったから、きっと無理もしていたのかもしれない。
なんで、あの時に行動していなかったのだろう。
もっとできることが沢山あったよね。
ハーにゃんとの早いお別れによって、改めて命の尊さを目の当たりにしました。
第8話は、愚かな飼い主の心情も交えてお話していきたいと思います。
ハーにゃんと一緒!ベランダでの日向ぼっこの尊い時間

2023年初夏—————
今思えば、あの時が最後のあがきだったのかもしれない。
皮膚疾患や体調の波はあれど、食欲も旺盛で元気さがみられるハーにゃん。
一方、私がずっと家にいるのにも関わらず、構ってあげられないために不服そうなハーにゃん。そんなハーにゃんが不憫で仕方ありませんでした。
よって、お天気の良い日は時間を見つけては「ベランダでの日向ぼっこ」がこの頃の習慣でした。
とはいっても、ベランダに猫だけを出すのは危険!当然、近距離での見守りは欠かせません。
結果、ハーにゃんのおかげで、私も外の空気を満喫しつつ、ハーにゃんとの平和で幸せな空間と時間を過ごせていました。
時にはウザいようで(笑)私の目線を避けて移動しては寛ぐ、そんなハーにゃんが本当に愛おしかったのです。
大学病院から連絡が来ないことは頭の片隅にはありつつも、調子はそんなに悪くはない。
そして大の病院嫌いなハーにゃん。
また泣いて訴えるハーにゃんもかわいそう。
「このままどうか、何事もなく、時間が止まればいいのに」
「神様おねがい!これ以上ハーにゃんに辛い思いはさせないでほしい」
—————
無理して病院に行かなくても良いのでは?
いつしか、そんな強い気持ちが私の中で募っていきました。
(病院行って辛い思いをするくらいなら、このまま自然と機嫌よく過ごしてほしい、そう願っていました。後々、もっとかわいそうなことになるのに…)
フードを食べない!? 気のせい?ではなかった話
第7話で少し触れていますが、身内の大ピンチの時期と少し重なった頃、ハーにゃんが微妙に食べることを拒むようになってきました。
しかし、以前にもフードを選り好みをしていた時期もあったため、今回も「気のせいだ」と決めつけていたのです。
食べなくなった当初は、ちゅーるやウェットフードを中心に与えていましたが、次第にそれすらも受け入れず…。
焦った私はあらゆるメーカーのものを試すも、ハーにゃんは一向に受け付けてくれません。
私の心情や環境変化を敏感に感じ取ったハーにゃんは、ストレスから食欲が低下したのかもしれない。そのように考えてみました。
(本当は認めたくなかったのかもしれない)
実はこれが重症のはじまりのサインだったのに。
今でも悔やまれます…。
遅すぎた対応|やっと行動した頃には…
ゴメンね、ハーにゃん。
一時は5キロ以上あり、4キロ台をキープしていたハーにゃん。
12月上旬までは動きも問題なく、ウェットフードを選ぶようになり、おやつの催促もできていた。
でも、気付けば3キロ台に。そして、黒い便…!
これは明らかに重症だ。でもハーにゃんは大丈夫!
だって、4時間の大手術にも耐えられたし、これまでもいくつもの波を乗り越えてきたんだから!
—————
でも…。これはもう、あの近隣の動物病院へ行くしかない。
動物病院って一体…
久しぶりの近隣病院ですが、ここで信じられないことが判明しました。
実は———
大学病院は検査結果を、一度も罹ったことのない病院へ報告していたのです。確かに名称は被るけれど、3回目の紹介は「M病院」からでした。
(なぜ間違えるのだろう?)
間違えられた病院から近隣の動物病院への連絡で判明したのですが、近隣の動物病院もなぜそこで連絡してきてくれなかったのだろう。
以前の院長先生は、足が遠のいた時期に電話連絡してきてくれたのですが、この時に初めて前院長先生の偉大さが分かった気がしました。
しかし———
実際には私自身の責任です。行動できなかった飼い主の責任は重いし、明らかに取るべき行動を間違っていました。
当時は、行き場のない気持ちを病院にぶつけていたのだから、飼い主失格です。
後悔してもしきれない、遅すぎた決断
遅かった。異変には、気付いていた。
それでも動けなかった自分がいた。
口腔内を見ると明らかに、歯肉は黄色く、黄疸があり。
肝臓と胃の間に大きなしこりがある状態。
腎臓数値も高い。
FIPの可能性があるかも…と、担当医より診断を受けました。
そして、薬の処方と1日おきの点滴治療を開始することに。
覚悟をして点滴を!
この時は年末年始も近く慌ただしい時期で、年末年始は病院もお休みに入ります。その間の点滴はどうする?
ということで、自宅で点滴処置することにしました。
とはいっても素人。当然、経験がないので、先生の指導を受けることに。
指導する先生は以前、私に言い放った、あの若い先生。
「飼い主さんの気持ちが重たいんです」と。
担当医は、久しぶりの診断1回のみで、その後は関わろうとしません。
(本当に信じられない)
FIPってなに?
猫伝染性腹膜炎(FIP)は、特に1歳未満の子猫が発症しやすい病気といわれます。
猫が体内に持っている「猫コロナウイルス」が、突然「FIPウイルス」に変異し、悪さをして引き起こされる病気です。
昔は「不治の病」として恐れられていた病気ですが、最近では治療法も確立されてきているとか。
ハーにゃんの診察を受けた際は、FIPの詳しい症状などについて説明は受けていなかったのですが(もしかしたら頭に入らなかった可能性もあり)ネットで後から調べてみると絶望的でした。
FIPに見られる症状としては、食欲不振、体重減少、活動性の低下など…。
すべて、ハーにゃんに当てはまっていました。
発症する原因は、ストレスも要因と聞いた時に核心しました。
「自分は飼い主失格だ」と。
📝参考記事:猫伝染性腹膜炎(FIP)とは
※上記リンク先の病院様とは一切関係がございません。病気の詳細がわかりやすいため、リンクさせていただいております。
それ、もうダメかもしれない
保護主さんへ「ハーにゃんがFIPの疑い」と診断されたことを報告した際には、しばし沈黙が…。
「それ、もうダメかもしれないよ」と静かにひとこと。
そして、私がネットで調べた情報をかみ砕いて説明してくれました。
それからまた、ハーにゃんに異変等があれば連絡すると伝えて電話を切りました。
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ハーにゃんが隣にいるのに大泣きする飼い主。
(思えばこの時からさらに、ハーにゃんの体力低下がはっきりと目に見えるようになっていった、そんな気が今もしています…。)
ゴメンね、ハーにゃん…!置いていかないで
ハーにゃんが2023年のクリスマスの日、本当の天使になりました。
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2023年12月4日の23時台
どうしても諦めきれない私は「FIPの治療・改善」や「地元の病院」をネット検索し直しました。
すると、あるではないですか!?治療方法が!
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明日の朝早くに、そこの病院へ電話してみよう。
すぐにでも行こう、そこの病院へ。
(調べたら、寛解するまでかかる期間が84日、1回11,000円~とある。でも大丈夫。ハーにゃんのためには、それくらい何でもない。また一緒に過ごしたい。そして、甘えてほしい。)
「ハーにゃん、今晩だけ頑張って、明日になったら救ってあげる、絶対に」
そう言葉をかけていたのですが…。
痙攣そして、雄叫び。苦しんだのち、ぐったりとした様子に…。
無力な私———
「ハーにゃん、もう少しだよ。時間になったら病院行くよ」
しかし無念…
朝8時過ぎにハーにゃんは力尽きて、静かに息を引き取りました。
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享年・推定7歳。
自宅で点滴!?とはならず…
ハーにゃんが亡くなった今、点滴一式は必要なくなった。
なので、近隣の動物病院へ返却しに行くことに。
受付スタッフに「猫が亡くなったので返却しに来ました」と伝える。
その受付スタッフは一瞬、息が止まったようにして(明らかに動揺している様子が伺えた)返金の対応に応じてくれました。
でも…
ひとこともないの?せめて「ご愁傷様」のひとことでも。
ここで証明してほしかった。
かけてほしかった言葉、それは「ハーにゃん、頑張りましたね」と。
ハーにゃんを労ってほしかったのかもしれません。
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だって、5年以上も関わった病院だよ。飼い主のことはどう思っても構わない。
けれど、ハーにゃんは頑張って生きたんだよ。
何も罪のない猫が田舎の漁港で捨てられたのか、突如独りぼっちで。
保健所から空輸を経て、保護主さんから私の元へ。
4時間に及ぶ大手術を乗り越えて、重なる入院と通院。
受付の横では済ました表情で事務処理をしている古株のスタッフ。
私自身のことは嫌いでも、ハーにゃんには罪はない。
忘れないよ、忘れるわけがない、忘れたらいけない
ハーにゃんが一生懸命に生きた証。
今こうしてブログに残している私。こんな近い将来に、ハーにゃん物語をブログにすることなんて想像していませんでした。
ずっと心の奥では「ハーにゃんのことは絶対に忘れない」と思って過ごしてきました。
いいえ、忘れるわけがないし、忘れてはいけないのです。
ゴメンね、ありがとう、ハーにゃん!
また会いたいです。
最終章では、ハーにゃんとのお別れから重症なペットロスへと陥った私の様子と2代目猫を迎えるまでの葛藤などをお伝えしていきます。

